とうげん かんりんじゅうてい
伝 董源 寒林重汀図
180.0×115.6㎝
原本・五代(10世紀) 絹本墨画淡彩 重要文化財
山水画は中国絵画の代名詞とも言える画題で、唐から五代・宋にかけて空間や光、大気の再現性(写実性)が大いに向上しました。
とくに、千年程前の五代(907~960)は国々の分裂期でしたが、華北地方と江南地方に、それぞれの風土にもとづく山水画風が成立しました。
董源はこのうち、江南山水画の祖とされる画家です。華北の雄大な山岳表現に対して、身近な水郷風景を描く江南山水画は、温和で平明な作風を特徴とし、後世の文人画(南宗画)の基礎となりました。
南宗画の影響は江戸時代の我が国にも及んで、南画と称されるようになります。董源は、これらの画派の開祖ですから、東洋絵画史の上では最重要の大家といってよい存在です。
千年前の画家ですので真筆はもう残ってはいませんが、「寒林重汀図」はその作風を最も伝えている模本として、世界的に著名な作品です。
北宋後期の学者・沈括の随筆『夢渓筆談』巻17では、董源の「落照図」について、「遠観すれば村落杳然として深遠(中略)、遠峰の頂は宛も反照の色有るがごとし」と評しており、本図にそのまま当てはまります。
ただ、本図には、ほかにも重要な表現が隠れています。画中の所々に、白色顔料を散布して降雪を表現しているのです。
近景には屋舎で憩う人々や、道を急ぐ行人が描き込まれていますが、その中に傘を差す人物もおり、これも降雪に結びつくモチーフです。董源の仕えた南唐国では、雪景図が流行していたことも記録で分かっています。
蛍光X線分析によって、白い顔料は鉛を主成分とする鉛白であることが分かり、文化財科学的にも降雪の表現と確認されました。
千年前の画家も感じていたであろう、江南の雪降る夕暮れの詩情を、ぜひ味わっていただけたらと思います。
(竹浪遠 京都市立芸術大学)