「上林」瓦当
直径16.0㎝ 前漢時代
屋根の軒先につけられた軒丸瓦の先端を飾る「瓦当(がとう)」は、中国戦国時代の各国で様々な紋様のものが用いられ、前漢時代には紋様のかわりに篆書風の文字を施す「文字瓦当」が流行しました。多くが「長楽未央」などの吉祥句を採用しますが、この瓦当では「上林」の二文字が施されています。
「上林」とは、長安につくられた御苑「上林苑」を指します。前漢武帝の元鼎二年(前115)に置かれた「上林三官」では、五銖銭をはじめとする貨幣がつくられました。同じく「上林」の文字を施す瓦当が長安西側の鋳銭遺跡で見つかっていることから、この瓦当も上林三官の役所の屋根を飾っていた可能性があります。
中国古代の瓦当は、陶製の型(笵)に粘土を込めるつくり方が一般的であり、型から抜きやすくするために文字を断面三角形に尖らせています。本来なら裏側にも製作の痕が残っていたはずですが、硯に転用されているため、確認できません。
古代瓦当を転用した「瓦硯(がけん)」は、宋代以降に古器物趣味が広がるなかで流行しましたが、それらは丸瓦凸面を硯に転用したもので、瓦当裏側の凹凸や欠けを活かして縁や墨池を設けたこの瓦硯とは姿かたちが異なります。一方で、清朝の金石図譜には多くの文字瓦当が掲載されているため、金石学者たちの間で文字瓦当を文房具のひとつである硯に転用する文化があったのではないかと考えています。
(石谷)